電話が鳴ると、
自然と目が向く人がいる。
誰かが決めたわけではないのに、
その人が受話器に手を伸ばす。
周囲も、それを止めない。
声の調子が落ち着いているとか、
言葉を選ぶのがうまいとか、
家族対応に慣れているとか。
理由はあとからいくらでも見つかります。
最初は、
「助かるね」という空気だったはずです。
電話に出ることが、
その人の強みになり、
いつの間にか役割になります。
その人が休みの日だけ、
少しだけ場の動きがぎこちなくなる。
「今日は誰が出る?」と
言葉にしない確認が生まれる。
誰も押し付けていない。
誰も嫌がっているわけでもない。
ただ、
電話が鳴るたびに、
同じ人が少しずつ引き受けている。
電話の内容は、
毎回同じではありません。
相談もあれば、確認もあり、
ときには説明が長くなることもある。
それでも、
「慣れているから」という理由で、
同じ人に集まっていく。
役割は、
明文化されないまま固定されます。
気づいたときには、
電話を取らない人と、
電話を取る人がはっきり分かれている。
それが悪いとは言えません。
現場は回っているし、
大きな問題も起きていない。
ただ、
役割が偏っていることに、
誰も触れなくなることがあります。
電話対応は、
能力の差ではなく、
構造の差で生まれているのかもしれない。
誰か一人が上手だから回っているのか、
それとも、
そうならざるを得ない形になっているのか。
電話の外に少しだけ出すことで、
役割の重なり方が変わることもあります。
人を楽にするため、というより、
役割を均すための選択もある。
その必要があるかどうかは、
施設ごとに違います。
ただ、
いつも同じ人が受話器に触れているなら、
一度立ち止まってもいいのかもしれません。
→折り返し対応でクレームが減る理由